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沖縄の悲劇

沖縄県民は70年前に本土防衛の為に命を捨てて闘い、
今も沖縄県民の犠牲(本土防衛の為の基地提供)の上に
日本人は平和を享受している。
福島が東京の犠牲になっている構図と同じ・・・
『沖縄の悲劇』をほんの少し共有できた沖縄の旅だった。

【沖縄の悲劇(1)】
~まちのど真ん中にある普天間飛行場~  
 
1945年4月に米軍が沖縄上陸し沖縄戦が開始された。
その後6月には土地を米軍に接収され、
本土決戦に備えて普天間飛行場が建設された。
民有地が全体の91%。東京ドーム100個分の広さ。
普天間飛行場の周辺には学校や公共施設など約120か所存在し、
墜落の危険性と騒音被害にさらされている。

宜野湾市の中心部に位置している為に
市民生活、市財政に大きな負担を強いている。
年間騒音回数は17,000回を超える。
騒音最高値は120dBを記録(飛行機のエンジン近く)
1996年に代替地が完成すれば
普天間飛行場の返還合意がなされているが、
一向に進んでいない。(一部の土地が返還されたが・・)

写真は宜野湾市役所の横断幕と嘉手納飛行場の軍用機


【沖縄の悲劇(2)】
~ひめゆり学徒隊~ 

沖縄戦終焉の激戦地で恒久平和を祈る!
沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の
生徒たちで編成された『ひめゆり学徒隊』。
米軍が迫ってきた為に軍幹部が解散命令を出した直後、
第三外科壕から脱出直前、
米軍の襲撃によって多くの学徒、軍人が死亡した。

沖縄の悲劇と福島の悲劇を
二度と繰り返してはいけないと誓った。合掌・・・



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