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『福島差別論』への批判

ある方からのメールを転載。これが多くの福島県民の率直な気持ちだろう・・・



           ・・・以下転載・・・・


『野口邦和・清水修二・児玉一八・早野龍五・中西準子ら、放射能や被ばくの危険性をゴマカシ、過小評価し、歪曲までして、私たち一般シロウトをだましつつ、原子力ムラ・放射線ムラ代理店政府に尻尾を振るか、あるいは彼らの福島第1原発事故後に創り上げた既成事実に圧倒され、目先のことだけに情緒的に反応して、フクシマ差別論だの、幸福になるため論だのと、人心攪乱に邁進し続ける人物たちへの厳しい批判が続いています。
下記は今日私宛に届いたメールですが転送させていただきます。

既に申し上げておりますが、彼らの議論には、全くと言っていいほどの科学性がありません。科学とは、申し上げるまでもなく単なるご都合主義的な屁理屈の集合体でもなければ、アカデミズムという権威を着飾った人間たちが吐く戯言の集合体でもなく、実験や臨床経験や疫学調査などの経験的事実によって裏付けられた実証科学=経験科学であることを忘れてはなりません。彼らの言動には、その科学的実証性がないのです。

そしてそのことは、現在の日本に蔓延している国際放射線防護委員会(ICRP)の似非学説についても言えることで、彼ら(原子力ムラ・放射線ムラ・国際原子力マフィア)は放射能や被ばくの危険性の定性的・定量的評価に関して自己都合優先(ご都合主義)の政治的判断で臨んでいます。
簡単に言えば、原子力推進に伴う被ばく被害者は切り捨てられるということを意味します。「しあわせになる」とは「切り捨てられてもしあわせと感じられるようになる情緒を文化的社会的に創造しよう」くらいの話です。

そもそも、福島第1原発事故により甚大な被害を受けた方々に対して「幸せになる」などと言うこと自体が、何かおかしいでしょう。せいぜい言えることは、被害者の方々が、この原発過酷事故のおかげで不幸のどん底に陥らないために、加害者・東京電力や事故責任者・国、あるいは自治体などの加害関係企業や政治や行政はもちろん、私たち一般市民もできる限りのことをいたしましょう、ではないかと思います。
そして、この人災事故である原発事故を引き起こした関係責任者の責任と罪をきちんと問い、罰をきちんと課し、再発防止対策を厳然と実施するとともに、何よりも被害者の方々が失ったもののすべてを、万全の賠償・補償により償うということではないでしょうか。

しかし現実は、福島第1原発事故被害者への賠償・補償など、全くまともになされてはおりませんし(放射能汚染と関係なく線引きされた避難指示区域外の被害者の方々への賠償額はわずかに原則12万円です。人を馬鹿にするのか、という話です)、また、「子ども・被災者支援法」という法律ですら、まったくもって守られていないわけですから。こんな状態・情勢の下で「しあわせになる」など、欺瞞的態度も甚だしいと言わざるを得ません。

「いい加減にしてくれ」とは、被害者の方々のみならず、私たちもまた声を出して叫ばなければならない状態です。何故なら、こんな調子だと、原発再稼働が次々と進められている今日、また再び、福島第1原発事故と同じことが起きることはほぼ間違いがないと思われるからです。そして原発過酷事故が再び起きれば、福島第1原発事故後今まで7年間に起きたことが、おそらくはもっとひどい形で繰り返されることになるでしょう。

野口邦和・清水修二・児玉一八・早野龍五・中西準子らがやっていることは、そうした次の原発・核燃料サイクル施設の過酷事故が起きたとしても、もう放射能や被ばくを大して恐れなくてもいい、原発・核燃料サイクル施設には過酷事故はつきものだから、それとの共存を図り、是々非々で生きていけばいいという、新しい「放射能汚染・被ばく付(容認)原発・核燃料サイクル施設と日本国民との共存」を狙うものに他ならないのです。本人たちの主観的意図はどうであれ、です。

私たちの税金の使い道とも、このことは大いに関係しています。福島第1原発事故の後始末だとか言って必要となるお金は、先般21.5兆円だと政府は言い出しました。おそらくはそんな程度の金額では済まないでしょう。そもそも被害者への賠償・補償の金額が全然足りません。しかし、そのほとんどは有権者・国民の税金並びに電気料金で賄われます。事故を引き起こした電力会社の出資者、貸付金融機関、原発メーカーらがその負担を背負うことはない状態に放置されています。理不尽極まれりと言えるでしょう。

野口邦和らの本『しあわせになるための「福島差別」論』は、こうした福島第1原発事故後の今日の日本の歪み切ったあり様から多くの人々の目をそらし、目先のことだけを見て情緒的に「差別論」と「幸福論」なる似非論議を展開する、きわめてタチの悪い主義主張に他なりません。
特に清水修二(元福島大学副学長)は長く「福島県民健康調査検討委員会」の委員でもあった人物ですが、今日までのその委員会のひどさは言い尽くせない程のものがあります。お前は(清水修二)はいったいこれまで何をしていたのか! 大きな声で怒鳴りつけたくなる思いが致します。

みなさま、くれぐれも似非科学やインチキ論議には、だまされませんように、お気を付けください。「気を付けよう、暗い夜道に、甘いささやき」「信じるものこそ救われる」のは宗教であり「信じるものこそ殺される」のが似非被ばく論です。継続的な放射線被曝=恒常的な低線量被曝(外部被爆・内部被曝)とは、緩慢なる生命の死、を意味しています。放射線被曝による健康被害や遺伝的影響を治療する手段はありません。
だからこそ被ばくは徹底して避ける・逃げる以外にありません。核と人類、放射能・ヒバクと生物の共存はあり得ないのです』












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